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2019/09/01

山本康夫の歌ー2019年(令和元年)9月号

    『広島新象』(昭和34年刊) ―高野山(昭和28年作)―

     老木々の小暗きもとを行き行きてつくづく聞けり山坊のかね
     一寺の鐘鳴りおわるころ打ち揺れて山上の鐘また鳴りいずる
     山川をとび渡る時砂白き水底を這う蟹がうつくし

2019/08/01

山本康夫の歌ー2019年(令和元年)8月号

    『麗雲』(昭和22年刊) ―歌の道(昭和21年作)―

     歌の道にこりゆく命見つめてはつたなき嘆きかへすいくたび
     歌に向ふこころはあつくなりゆけどその作(な)る歌に足ることもなし

     いたれりし大人(うし)らの道はひびけども仰ぐにきびしその歌ごころ

     歌の上にまことをこめてあるといふ思ひがわれの生(よ)を荘厳す

     わが力おぼつかなしと知るからに心つくして歌は詠むべし

2019/06/27

山本康夫の歌ー2019年(令和元年)7月号

   『朝心抄』(昭和23年刊) ーをりをりにー 

     かがまりて吸殻拾ふみにくさも見なれて相応(ふさ)ふ民族となる
     吸殻を拾ふ幾人見てきたる暗き思ひがしばらく消えず
     運強く生きのびしことを語るときわれの心によどむ消極性
     ひた押しに押されてつひに譲りしが暫し持てあます心の滓(をり)
     利己心も伴ひてのぶるわが論理押へがたなきほどの熱もつ
     いひたきこといひてしまひて憤り和みゆく時己れ小さし

2019/05/30

山本康夫の歌ー2019年(令和元年)6月号

  『まきのや抄』(昭和51年刊) ー長崎 (昭和50年作)

             青村居の歌の集いに通いたる辺り見下ろす今のうつつに      茂吉高弟土橋青村
             生まれ来て歌知りしこと思おえばわれに長崎ありまた茂吉あり
             茂吉大人常来し寺ぞ五十年を隔てて福済寺の石段のぼる 
             本堂のなきまま大き中門の朱もあざやかに唐ぶりの寺
             原爆に壊えて伽藍なき唐寺の背戸に瓦のかけらを拾う




 
2019/05/06

山本康夫の歌ー2019年(令和元年)5月号

  『まきのや抄』(昭和51年刊) ー長崎 (昭和50年作)

     
原爆に焼け残りたる一つもて鳴らす聖堂のアンジェラスの鐘
     君在りし日に送りたるわが書幅如己堂に見る二十五年経て      故永井隆博士に
     長崎と広島にありて叫ばんと誓いきわれはこの縁にして         如己堂
     賜わりし如己堂の湯呑使い古り二十余年をわれは生き来ぬ
     壮麗なる浦上天主堂見上げつつ如己堂館長の君に従う
     如己堂にも聖堂にも花々咲き満つる季(とき)を来合いぬ今日五月尽
     原爆の酷さを告げて石造の足なしマリア一つ目マリア