2022(令和4年)9月号

題字 尾上柴舟 表紙 大瀨 宏


山本康夫の歌
スフの服すり切れることは考へずもろ手をあげて子は辷りくる
切れやすきスフ地の服をきたる故子が辷り台にゆくを禁ずる
宵早く寝床に入りて書をよむいつかきまれる型のごとくに
丹念によみて夜更かす心うつ歌に遭はぬに焦立ちながら
秩序なき歌氾濫するときにして命ある歌埋もるる惜しむ
『朝心抄』(昭和二十三年刊)──朝夕
20首抄(2022年8月号より抄出)
海を恋い散骨たのみて人逝きぬ都を統べにける非凡の人よ 石井恵美子
過疎地にて人に知られずその人は静けく逝けりコロナ禍の中 畦 美紀恵
散り敷きて庭に真白き蜜柑花実となる花は誰が撰(えら)みし 大瀨 宏
突風が野に吹きわたり少女らの白き楽譜が青空に舞う 岡田寿子
逝きし夫のやりたかりしを思い出し遺作の木彫りのふくろう磨く 岡田節子
天よりを降りくるけさの光はもゆらゆら揺れて六月たまゆら 笹田四茂枝
コロナ禍の閉鎖社会に身のおかるる今こそ作歌の夢ひらかるれ 佐藤静子
豆腐一丁求めて梅を一つ載す日の丸上がれオリンピックに 高見俊和
一点を見る目は角度変えし時世間の広さに鱗(うろこ)落ちたり 竹添田美子
多年草の一本フラッと残りしが森のひかりに目ざむやあまた 富田美稚子
真夜中に子守歌うたう夫と手をつなぎて楽しかりし日々あり 豊田敬子
春塵(じん)を運べる風にかすむ目をこすりつつ行く夕餉(げ)の買い物 中村カヨ子
コロナ禍の家族葬とて血縁をたどりて声にぬくみ確かむ 中元芙美子
芍薬のえび茶の芽はや緑なすつぼみは空を打つ撥(ばち)のごと 濱本たつえ
子供の日に鯉を思いて池、沼に生きらるるその生命力おもう 平本律枝
手の痛みこらえて珍味の礼を書き平仮名にまでルビをうつなり 松井嘉寿子
コンテナを積めるタンカー追い越して東へ帰る上空の我 宮本京子
丑(うし)三つ時目覚めし我はいかんせん歌つくるはたアベマリア歌う 村上幸江
阿武山は縦に割るがに山崩れ跡を留(とど)めてまた夏がくる 村上山治
山々の濃淡の緑ふかぶかと世のせつなさを奥処(ど)に秘むや 森重菊江