2023(令和5年)12月号

題字 尾上柴舟 表紙 大瀨 宏



20首抄(2023年12月号より抄出)
遮光器をまとう土偶の愛らしき目線の先の暮らし生きづく 勝地健一
板の間にそうめん瓜ぬくもれりまだまだ暑き夏の夕暮れ 金尾桂子
黒き梁遺(はりのこ)せる蔵の女(おみな)出す春色だんごで休めとぞいう 金子貴佐子
旅の途にモネがキャンバスを立てて描きし奇岩にくだけるこの波のさま 川口浩子
仕事終えキャベツ抱える友の手の指輪の跡はすでに消えおり 木村浩子
七夕を明日に控えて思ひ出すシャガールの空に浮かぶ二人を 澤田久美子
去年(こぞ)逝きし佳人しのびて文箱に眠る筆跡また読み返す 竹添田美子
下駄箱に亡き夫の靴いまもなお艶保ちおり捨てられぬ奇怪 龍野日那子
料理とは言えぬものでも二人して食(は)めば笑みつつおいしさを言う 富田美稚子
子ツバメに虫やる親は朝早く順番たがわずわき目もふらず 豐田敬子
テレビ消し黙して食べる夕食にあかりを灯(とも)す虫の鳴き声 西本光仁
気が触れし人のじぐざぐ行く影よ秋風吹いて濃く薄く揺る 原 佳風
緑道の朝あおむけに蟬逝けり何一つ此(こ)をおくるものなく 村上山治
死者送り空をあふげば天空のわがメトロノームの振り子早まる 森 ひなこ
ため息をもらさんほどの喜びも悲しみもなくひと日すぎたり 森重菊江
風入れの風に覚めゆくわが生家いかにしなさん父母はたちつつ 吉田征子
海行かばの曲にはじまるラジオにて同胞たおれし記憶は消えず 石井恵美子
朝(あした)からいちずに鳴く蟬あちこちに過疎の田舎のにぎやかな夏 畦 美紀恵
江戸の世のもの移築せし「長多喜」は外国人の宣(うべ)し的とぞ 榎並幸子
人という「もの思う生」を宿したる天体ひとつ悲しかるらん 大瀬 宏