ー20首抄(2018年7月号より抄出)ー
うららかな弥生の空の鶯の声に天なる母を感ぜり 中尾 廸子
春うらら島に隠るる犯人と千二百人の警察官と 中元芙美子
雨にぬるる紫陽花の濃き紫の目にしむ今朝の冷たき風よ 難波 雪枝
春たちて嵐吹きあれ草木みな潤(うる)う命の芽ぞ張りにける 日野 幸吉
気高くもかわゆき小由女人形の花はこまかき筆に成りたり 平本 律枝
花祭りにぎわえるらし農繁期われは鍬(くわ)もて春愁をはらう 廣田 怜子
これまさに「鬼手仏心」と心しむ緑風のなか歩いておりぬ 古澤 和子
日と月と向かい合う間の大木は数多(あまた)の鳥の夢乗せ暮れつ 松尾 郁子
雪の道わが足跡を残しゆく音さくさくとしじまを揺らす 村上 山治
あのドームに誓ひし言葉忘れゆき憧れて見るセントエルモの火 森 ひなこ
慈しみわれを育てし家族あり短歌詠むたびなつかしさ湧く 森 光枝
ひかれゆく若者の恐ろしき表情よおのが心が刻みしものか 吉田ヒロミ
筆太の兜太の大書「許さない」遺墨となりて夏を迎える 油野はつ枝
金鳳花その身の毒を知るやいなや道行く人に愛敬(きょう)ふりまく 岡畑 文香
風強まり木(こ)の葉裏見せ表見す裏見する風しずまりてほし 喜多 敏子
花壇見るひまなくおればこぼれ種の千鳥草はも青強く咲く 幸本 信子
河出書房「定價六拾圓」蕗のとうの装丁あせず啄木歌集 後藤 祝江
病む足にもかなう天気と街中の小さき園に独りの花見 小巻由佳子
自然石の粗き面(おもて)に刻みたる「天離(さか)る」の歌柴舟の筆 近藤 史郎
しまいいし亡夫の時計のねじ巻くも共有の時永遠(とわ)にもどらず 近藤 松子