2023(令和5年)1月号

題字 尾上柴舟 表紙 大瀨 宏




20首抄(2022年12月号より抄出)
月明かりたどれば祖母の戸の明かり遠きかなたに今も明かれる 中村カヨ子
八月の三度目となるサイレンに夫の戦(いくさ)は静かに閉じぬ 濱本たつえ
緑のみに花なき庭なりひとところ姫りんごの実が風の中なる 平本律枝
夕日(せきよう)に黒光りする茄子二つ友の持ち来るその声高く 松井嘉壽子
夕ぐれを竹群に集う雀どち声ふくらみて弾(はじ)けんばかり 松尾美鈴
短歌とは指折るときのときめきと語順選びの心躍りと 山本全子
喪主の座にありて葬儀を眺めおり我人共に縛り解かれぬ 吉田ヒロミ
ぽっつりと高きに鳥をさそうらしイチジクの実の生贄(いけにえ)の色 上田勝博
真夜をつく雷(いかずち)の音はげしくをわれ葛藤せし葉月さりゆく 榎並幸子
上部より足場はずされ現るる朱の大鳥居白雲を突く 大垰敦子
新聞に心が軽くなるとあり「ゆるす」の言葉をつぶやいてみる 畦 美紀恵
エネルギー満たんにする君を見て回転木馬の後追う辛さ 勝地健一
地の下で握りしめたるあこがれよ天に届けと咲く彼岸花 金尾桂子
ひとことの謝罪も聞けぬ被爆者の終(つい)の旅路をまたも見送る 栗林克行
雲の峰エベレストに似て一瞬をわれ高原の旅人となる 栗原美智子
半世紀越えてなおある街並みに見ゆるは若き我の姿ぞ 柴村千織
我が宿にサボテン咲かせ明けの月の短き間なる生に真向かう 鈴木敬子
ふる里は奪い立つもの多(さわ)にありゆたけき風情に命ながらう 龍野日那子
朝十時ウイスキーボンボン五個食べつわれの楽しみささやかなもの 津田育恵
バラ十輪触(ふ)ればはらはら散り落ちぬ明日もとわれはつぼみをさがす 豊田敬子