ー20首抄(2019年3月号より抄出)ー
匂いごと胸に抱えて古書店のお暗きレジの前に立ちけり 長嶋 彰子
壁にはう蔦かずら紅(あか)く色づきて無住の家を秋に染め上ぐ 延近 道江
くれないの葉先かわいてカラカラと冬のプロローグ坂のぼり来る 北條多美枝
紫木蓮一夜のうちに葉を落とし庭より師走ついたちとなる 松井嘉壽子
良寛は七十四まで生きしやなど思いて遊ぶ愚直の子らと 的場いく子
柿の実のえもいわぬその柿の色照りかがやけりテーブルの上に 矢追 房子
道端で片方だけの手袋が対を探さんと北風に乗る 井原 弘美
うたかたの夢物語みてましたわが家に帰り感謝の香たく 岩本 淑子
荒れ野には黄巾賊(こうきんぞく)が立つごとく泡立草の大群の波 上脇 立哉
ドライブの伴(とも)が母われかと思(も)えど小春日の安芸の小京都よし 大越由美子
猫ひとつ鳴かぬ夜の闇恋い猫の春も許さぬ人の無情よ 大瀬 宏
閉ざされた母校は粋に自治の場と建て替えられぬ和みに行かん 岡畑 文香
両の手で二つに林檎わりし日のベクトルは今いずこに向かう 勝地 健一
母植えしろう梅の香の漂いて独りの淡き我が新春賦 金丸 洋子
がん細胞小さくなると言うに吾(あ)はよろこべないもうひとりの吾のいる 後藤 祝江
冬の夜の闇よりもなお冥(くら)きなり耳削(そ)ぐ自画像の吾(あ)を見る眼 近藤 史郎
ウリ坊よキミ棲(す)む山の麓(ふもと)より紅葉の錦いま燃えたつぞ 笹田四茂枝
軽トラを田に横付けてもみ燃やす脇で坊やが水を得た魚(うお) 高見 俊和
灰色の空に響ける虎落笛(もがりぶえ)己(おの)が心の惑い慰む 田中 淳子
バラの香のあふるる中に夫といて茶を飲む日々を幸とや言わん 豊田 敬子